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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)3759号 判決

原告

財団法人名古屋フィルハーモニー交響楽団

ほか二名

被告

小澤一郎

主文

一  被告は、原告財団法人名古屋フィルハーモニー交響楽団に対し金九三万七九一一円、原告藤島謙治に対し金二四一万一五四二円、原告櫛田香里に対し金二三四万五四五九円及び右各金員に対する平成七年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告財団法人名古屋フィルハーモニー交響楽団に対し金一四五万一一三九円、原告藤島謙治に対し金三六八万六一〇五円、原告櫛田香里に対し金三六四万三七九九円及び右各金員に対する平成七年一〇月二〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後続車両に追突されたために負傷した被害車両の運転者と同乗者が、加害車両の運転者に対し、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成六年一二月六日午後零時五三分ころ、静岡県下田市六丁目三三番五号先道路上において、自己の運転する普通乗用自動車の前部を、原告藤島謙治が運転し、原告櫛田香里が同乗する普通乗用自動車(以下「被害車」という。)の後部に追突させ、右原告両名に頸部挫傷、腰部打撲等の傷害を負わせ、被害車の後部バンパー等を破損させた。

2  被告は、本件事故当時、車両運転者として、前方を注視して安全に走行すべき注意義務があるのにこれを怠ったものであり、また、加害車両を自己のために運行の用に供していた。

3  原告藤島は、原告財団法人名古屋フィルハーモニー交響楽団(以下「原告名フィル」という。)の楽団員であり、トランペット奏者であった。

4  本件事故による損害の填補として、自賠責保険から、原告藤島は四〇万八四九八円、原告櫛田は五五万二一二八円の支払を受けた。

二  争点

被告が賠償すべき原告らの損害額が争点であり、これにつき、原告藤島は、治療費等二五万三八一〇円、通院交通費二三万〇四三〇円、休業損害一二九万円、通院慰謝料一〇〇万円、トランペット修理費三〇万九〇〇〇円、トランペット借用料三八万円、ペンション宿泊料三万一三六三円、弁護士費用六〇万円(合計四〇九万四六〇三円)、原告櫛田は、治療費等六六万七七四〇円、入院雑費三万三〇〇〇円、通院交通費二六万二七二〇円、休業損害七三万〇六〇六円、主婦代行費用二二万五〇〇〇円、通院慰謝料一五〇万円、車両損害(修理費)一七万六八六一円、弁護士費用六〇万円(合計四一九万五九二七円)、原告名フィルは、代演者支払分一一五万一一三九円、弁護士費用三〇万円(合計一四五万一一三九円)を主張し、被告は、右損害額を争う。

第三争点に対する判断

一  原告藤島の損害について

1  証拠(甲二、三の1、2、二九の1ないし10、三〇の 、(ママ)三一ないし三三、三九、乙二の1ないし5、三の1ないし11、四の1ないし9、一一の1ないし5、一二の2ないし7、12、14、証人浅野経生、原告藤島)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被害車は、本件事故現場の交差点において信号待ちのために停止し、その時、被害車の後部座席で眠っていた原告櫛田の子のリサが目を覚ましたため、原告藤島は左側に体を回して後ろを向きリサに目を向けた時、後方でブレーキの音がするのを聞くのと同時に、被告の車両に追突された。

(二) 原告藤島は、頸部と腰部に痛みを覚え、最寄りの鈴木外科胃腸科医院において診察を受け、三日間の安静が必要との診断を受けた。

原告藤島は、平成六年一二月九日、浅野整形外科において診察を受けたが、自覚症状としては、頭痛、頸部痛、腰痛があり、他覚的所見としては、頸部左側腫脹、胸鎖乳突筋圧痛、頭頸部の伸展、後屈時疼痛及び可動域制限等の症状が見られたものの、知覚障害等の明らかな神経症状はなく、結論として、頸部挫傷、腰部挫傷により受傷後約二週間の休業加療を要する見込みとの診断を受け、湿布処置、消炎鎮痛剤等の投与を受けた。

原告藤島には、加齢的変化による軽度の椎間板変性が認められたが、浅野医師は、原告の右変性は、本件事故後の原告の頸部痛とは関係がないとの判断をしていた。

(三) 原告藤島は、浅野整形外科において、同年一二月一三日から、頸部の筋肉の緊張を緩和する目的で、温熱、頸椎牽引等の理学療法を受けた。

同月一九日には、原告藤島の腰痛は改善し、頭頸部には伸展、屈曲時に痛みが残ったが、ジャクソンテスト、スパーリングテスト、上肢反射、知覚はいずれも正常であった。

平成六年一二月二六日には、頸椎可動域はほぼ正常となったが、左頸部痛と右肩の張りが残り、トランペットを吹くと後頭部に痛みが発現した。

平成七年二月二一日には、頸部痛は改善し、原告藤島は同年三月から職場に復帰することを考えていたが、頭頸部の伸展、屈曲時の疼痛は残存していた。

(四) 原告藤島は、同年三月四日復職し、同月中は通常時の二分の一の仕事をし、同月末の時点では頸部可動域に若干の痛みが残存していたが、同年四月から完全に復職した。

四月一三日には、頸部の腫脹は軽減し、上肢反射は左右とも正常、ホフマン、トレムナー病的反射(上肢の病的反射)は陰性で正常であり、頭頸部伸展時の疼痛は残存していた。

五月二四日ころの症状も右と同様であり、六月九日には、浅野医師は原告藤島に対する治療は終了する段階にあるとの判断をした。

(五) 原告藤島は、同年七月一〇日ころまで浅野整形外科に通院したが、その間の同年七月七日、半田市立半田病院において、六鹿医師により、精密眼底検査、平衡機能検査、エックス線による頸椎機能撮影を受け、その結果、原告藤島の傷害は頸部捻挫で、特記すべき神経症状はないことが確認され、六鹿医師は、原告藤島に対し肩こり体操を行うことを助言した。

(六) 原告藤島は、浅野整形外科に通院する傍ら、平成六年一二月八日から平成七年一一月ころまで、森北鍼灸接骨院にも通院した。

2  右によれば、原告藤島は、本件事故によって、頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負ったものであり、そのために、本件事故後平成七年二月末日までは休業を余儀なくされたものというべきである。また、前記の原告藤島の症状及び治療の経過に照らせば、本件事故後原告藤島が受けた治療中、平成七年六月九日までに浅野整形外科において受けた治療については、本件事故との間に相当因果関係を認めることができるが、その後の治療については、本件事故との間に相当因果関係を認めることができないものというべきである。

また、原告藤島は、右のほか、森北鍼灸接骨院にも長期間にわたって通院して施術を受けているものであるが、浅野整形外科における治療のほかに右施術が必要であり、又は有益であったことを認めるに足りる証拠はないから、右施術についても、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

3  損害額

(一) 治療費 一〇四〇円

証拠(甲二九の1ないし8)によれば、原告藤島は、本件事故後平成七年六月九日までの間に、浅野整形外科における治療費として、合計一〇四〇円を要したことが認められる。

(二) 通院交通費

認めるに足りる証拠がない。

(三) 休業損害 一二九万〇〇〇〇円

証拠(甲一三ないし一五、二二ないし二五、二八の1ないし13、三三、原告藤島)によれば、原告藤島は、原告名フィルにおいて楽団員として稼働する傍ら、高等学校の吹奏楽部においてトランペット演奏を教授し、また、個人を対象としてレッスンを行い、その他、演奏会の審査員をしたりディナーショウに出演するなどして、副収入を得ていたが、前記のとおり平成七年二月末日まで休業を余儀なくされたことにより、高等学校の教授分三六万円、個人レッスン分八四万円、審査料五万五〇〇〇円、クリスマスディナーショウ出演料三万五〇〇〇円の収入を失ったことが認められ、右は、本件事故によって被った損害と認められる。

(四) 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告藤島の前記傷害の程度、通院の経過等に照らせば、その慰謝料の額は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

(五) トランペット修理費 三〇万九〇〇〇円

証拠(甲九の2、一一、一六ないし一八、三三、四二の1、2、原告藤島)によれば、原告藤島は、被害車にトランペット三本を積んでいたところ、本件事故のために損傷し、その修理に三〇万九〇〇〇円を要したことが認められる。

(六) トランペット借用料

原告藤島は、本件事故によって損傷したトランペットの修理を業者に依頼していた間のうち平成六年一二月一四日から平成七年一月二〇日まで、何時演奏の仕事に復帰することになっても、プロとしてそれに応じることができるよう、他から一日一万円の借賃でトランペットを賃借した旨主張し、証拠(甲九の1)によれば、原告藤島は、その費用として三八万円を要したことが認められる。

しかし、原告藤島が、本件事故による傷害による身体的不調を強く意識し、医師の治療を受けている最中に、演奏活動への復帰が可能な時期についての具体的な見通しも不明な段階から、いざという時に備えてトランペットを借用するということについては、直ちにその必要性を認めることはできず、右借用料を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできないものといわなければならない。

(七) ペンション宿泊料

原告藤島は、本件事故当日、原告櫛田と共に宿泊した際に支払ったペンションの宿泊料を本件事故による損害と主張するが、証拠(原告櫛田)によれば、右原告らは、本件事故当日、本件事故の有無にかかわらず、右ペンションに宿泊する予定であったことが認められるから、右宿泊料は、本件事故による損害ということはできない。

以上によれば、原告藤島の損害額の合計は二六〇万〇〇四〇円となり、右金額から既払の四〇万八四九八円を控除すると、残額は二一九万一五四二円となる。

4  弁護士費用 二二万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二二万円と認めるのが相当である。

二  原告櫛田の損害について

1  証拠(甲二、四、五の1ないし3、三四、三八、四〇、乙五の1ないし8、六の1ないし19、七の1ないし10、八の1ないし11、九の3ないし8、一一の6ないし9、一二の8ないし14、一三の1ないし4、証人浅野経生、原告櫛田)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告櫛田は、被害車の後部座席に右側のリサと共に座っていたところ、後方から突き上げられるような衝撃を受け、咄嗟に右腕を伸ばしてリサを庇ったが、その後、腰から下部に力が入らなくなり、鈴木外科胃腸科医院において診察を受け、腰痛、首の重感、胸より下部の脱力感等を訴え、一〇日間の休養加療が必要との診断を受けた。

原告櫛田は、平成六年一二月九日、浅野整形外科において診察を受けたが、自覚症状としては、頸部痛、腰痛、わずかな吐き気と頭痛があり、他覚的所見としては、左胸鎖乳突筋腫脹、頸部の後屈、左屈時の疼痛及び可動域制限等の症状が見られ、頸部挫傷、腰部挫傷と診断され、湿布処置、頸椎カラー、腰椎バンドの装着等の治療を受けた。

(二) 原告櫛田は、同年一二月一三日、浅野整形外科の診察において、右頸部痛の悪化、右上肢全体のしびれ感を訴え、同日から、温熱療法、頸部の筋肉の緊張を緩和するためのリハビリテーション等の理学療法による治療を受け、同月一四日、一五日にも同様の治療を受けた。

(三) 原告櫛田は、同年一二月一六日の診察において、頸部痛を強く訴え、入院を希望したため、浅野医師も、安静と症状の経過観察を目的として、原告櫛田の入院を許可した。

原告櫛田は、同年一二月一九日、頸部胸部についてエックス線撮影を受けたが異常はなく、また、同年二〇日には頸部MRI検査を受け第三ないし第七頸椎椎間板に加齢的変化による軽度の変性が認められた。

浅野医師は、原告櫛田の上肢のしびれ感は、本件事故が誘因となって発現した可能性があると判断していた。

(四) 原告櫛田は、入院後も従前と同様の理学療法を受けたものの、頸部痛や右上肢のしびれ感は改善せず、症状に特段の変化を見なかったが、同年一二月二六日、浅野医師から自信が付けば退院しても良いと告げられ、二八日に浅野整形外科を退院した。

原告櫛田は、その後も同外科への通院を継続して引き続き理学療法による治療を受け、平成七年一月一九日には、頸部痛は改善されたが、右上肢しびれ感は持続し、その後同年七月一〇日をもって同外科への通院を中止した。

(五) 原告櫛田は、浅野整形外科通院中の同年七月七日と同月一一日、半田市立半田病院において、六鹿医師により、精密眼底検査、平衡機能検査を受け、右手完全伸展不可能、右肘関節痛、右手第四、第五指知覚鈍麻が確認され、頸部挫傷、右尺骨神経損傷、右肘関節捻挫との診断を受けた。

六鹿医師は、名古屋大学医学部附属病院分院整形外科に原告櫛田の治療を依頼し、原告櫛田は、平成七年七月一九日から平成八年三月一日まで、右分院整形外科において、低周波による電気刺激治療を中心とするリハビリテーションを受けた。

(六) 原告櫛田は、前記各病院に通院する傍ら、平成六年一二月八日から平成八年二月ころまで、森北鍼灸接骨院にも通院した。

(七) 原告櫛田は、平成七年一月ころから徐々に家事仕事を始め、同年二月ころからは本件事故前の家事量の五、六割程度の家事仕事を行うようになったが、現在でも未だ完全には元の状態に戻っていない。

2  右によれば、原告櫛田は、本件事故によって頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負い、頸部痛のほか、右上肢のしびれ感に悩まされるようになったものであり、前記の原告櫛田の症状及び治療の経過に照らせば、原告櫛田が平成八年三月一日までの間に、浅野整形外科、半田市立半田病院及び名古屋大学医学部附属病院分院において受けた治療は、本件事故との間に相当因果関係があるものというべきである。

もっとも、原告櫛田の浅野整形外科への入院は、安静と経過観察を目的とするものであり、入院の前後で治療の内容に変化はなかったことに照らせば、浅野医師が原告櫛田について入院の必要性を客観的に認めていたかどうかは疑わしく、他に右必要性を認めるに足りる証拠もないから、結局、右入院については、その必要性を認めることができないものといわなければならない。

また、原告櫛田は、右のほか、森北鍼灸接骨院にも長期間にわたって通院して施術を受けているものであるが、原告藤島の場合と同様、右施術が必要であり、又は有益であったことを認めるに足りる証拠はないから、右施術についても、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

3  損害額

(一) 治療費 五万五一二〇円

証拠(甲三〇の4ないし)によれば、原告櫛田は、本件事故後平成八年三月一日までの間に、浅野整形外科(ただし、入院分を除く。)、半田市立半田病院及び名古屋大学医学部附属病院分院における治療費として、合計五万五一二〇円を要したことが認められる。

(二) 通院交通費

認めるに足りる証拠がない。

(三) 休業損害(主婦代行費用としての損害を含む。) 九五万五六〇六円

前記のとおり、原告櫛田は、本件事故後、暫くは全く家事を行うことができず、平成七年一月ころから徐々に家事仕事を始め、同年二月ころからは本件事故前の家事量の半分程度の家事仕事を行うことができるようになったものであり、証拠(甲三四、三八、四四の1ないし4)によれば、原告櫛田は、平成六年一二月八日から同月三〇日までの二三日間と平成七年一月四日から同月一〇日までの七日間の合計三〇日間、母親に家事代行を依頼し、その費用として二二万五〇〇〇円(日額七五〇〇円)を支払ったことが認められる。

そして、賃金センサス平成六年第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の原告櫛田(本件事故当時三〇歳)の該当年齢層の平均賃金年額が三六五万一二〇〇円(日額一万〇〇〇三円)であることに照らせば、前記家事代行費用二二万五〇〇〇円をもって本件事故の日から平成七年一月一〇日までの休業損害相当費用とし、同年一月一一日から同年七月一〇日までの一八一日間につき右賃金センサスによる日額を下回る日額八〇七三円を基礎とし、その一八一日分の半額の七三万〇六〇六円をもって右期間の休業損害とする原告櫛田の主張は、これを認めるべきである。

(四) 慰謝料 一五〇万〇〇〇〇円

原告櫛田の前記傷害の程度、通院の経過等に照らせば、その慰謝料の額は、一五〇万円と認めるのが相当である。

(五) 車両損害(修理費) 一七万六八六一円

証拠(甲七、八、三四)によれば、被害車は、原告櫛田の夫の所有であり、原告櫛田は、被害車の修理費として一七万六八六一円を支払ったことが認められる。

以上によれば、原告櫛田の損害額の合計は二六八万七五八七円となり、右金額から既払の五五万二一二八円を控除すると、残額は二一三万五四五九円となる。

4  弁護士費用 二一万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二一万円と認めるのが相当である。

三  原告名フィルの損害について

1  原告藤島の休業による損害 八五万二九一一円

原告名フィルは、本件事故による負傷のために原告藤島が原告名フィルの演奏会において演奏をすることができなくなったため、代演者の依頼を余儀なくされ、その費用として合計一一五万一一三九円を支払ったとして、被告に対し右金額の賠償を求めているが、証拠(甲六の2ないし5、証人森研司)によれば、原告名フィルは、原告藤島が稼働を休んでいた間も、同原告に対し給与を減額することなく支払ったものであり、右休業期間に対応する給与の額は八五万二九一一円(二八万七八八〇円×二五/三一+二四万八〇〇〇円+二四万八〇〇〇円+二四万九五〇〇円×一/二)であることが認められるところ、原告名フィルが被告に対し求めることができる損害額は、その性質上、右金額に限られるものというべきである。

2  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、八万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

(裁判官 大谷禎男)

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